福祉でまちづくりを進める
社会福祉法人ヒューマンライツ福祉協会

ゲノム医療と遺伝差別

 ヒトゲノムと人権に関する世界宣言(1997年、ユネスコ)が採択されて約四半世紀。ようやく日本でもゲノム医療推進法という形で遺伝情報による差別の防止を謳う法律ができました(2023年6月)。ゲノム医療とはがんや難病の人の遺伝情報を調べて診断や治療に活用することですが、この遺伝情報をめぐって本人やその血縁者が社会的不利益や差別をうける危険があるのです。遺伝情報の活用と差別の防止は車の両輪と言われ、すでに欧米では遺伝差別を抑制する法律が整備されています。

 がん患者や難病の人が遺伝子検査をうけ、安心してゲノム医療を受けられるようにするためには、社会に遺伝差別があってはなりません。しかし、特定の遺伝的特性を持つ人に対して、昇進など雇用面での差別・不利益や民間保険の加入抑制、結婚や妊娠・出産に対する忌避意識などもあり、時には親族内でトラブルに発展したりもしています。ゲノム医療は遺伝性の疾患だけでなく、多くの病気の発症リスクが分かるので、予防をはじめ多くの人たちの健康管理に寄与します。だからこそ国には頑張ってもらいたいのですが、そのためには少なくとも次に提示する課題もクリアーすべきだと思うのです。

 まずは、不良な子孫の出生を防止することを目的とした旧優生保護法下(1948年~1996年)で行ってきた強制不妊手術への対応です。いま各所で係争中ですが、障害者やハンセン病の人たちだけでなく、この法律によって多くの遺伝性疾患の人たちも被害をうけているのです。この問題を放置したまま遺伝差別はやめましょうと言えるでしょうか。むしろ旧優生保護法が遺伝差別を助長してきたのです。裁判をしている場合ではありません。早々に真の謝罪を行い、被害当事者の配偶者や人工妊娠中絶のケースを含む約84000人を対象に、被害回復のための十分な国家賠償を速やかに行うべきです。

 さらに遺伝差別に関する実態把握も不可欠だと思います。この分野は可視化されにくく、社会的不利益や差別の実態が分かりにくいからです。特に日本で多いと言われている結婚や妊娠・出産の実態把握は不可欠です。日本では中絶を含む新型出生前診断があるので、これらとの矛盾を整理しながら取り組んでいく必要があると思います。そして、コロナ禍でもわかったように感染や遺伝に対する人々の忌避意識はたいへん根強く強固です。この困難を克服していくためには、相談、教育・啓発に加え、規制や救済、そして欧米並みに遺伝差別を禁止する法律の制定に踏み込むべきだと思います。その際は、遺伝情報の厳格管理はもちろんのこと遺伝子検査ビジネスの暴走やデザイナー(ゲノム編集)ベビーといった蛮行も視野に入れる必要があるでしょう。またゲノムリテラシー向上も不可欠です。そうした総合的な取り組みが、今、がんや難病で苦しんでいる人たちへ展望を示し、ひいては希望すればすべての人が社会の進歩であるゲノム医療の恩恵を受けることができる社会づくりにつながるのだと思います。